数字は、
私にとって遊びでした。
「勉強」ではなく、
「遊び」として、そろばんに出会いました。
母親は、実家でそろばん教室を運営していました。物心つく前から、私は教室の隅で、子どもたちがそろばんを弾く音を聞いて育ちました。
集まってくる子どもたちの表情、驚いた声、できた瞬間の笑顔――それは、私にとって日常の風景でした。3歳のころ、自然な流れで、私も珠を弾き始めました。
そろばんは、私にとって勉強ではなく、遊びでした。
珠の音が心地よくて、指を動かすとおもしろい形になって、数字がだんだん見えるようになっていく。ゲームのように、パズルのように、私はそろばんに夢中でした。それは、勉強を「させられている」感覚とは、正反対のものでした。
競技者として、たくさんの大会で優勝を経験しました。
やがて私は、そろばんの競技者として、大会に出場するようになりました。数々の大会で優勝したこともありますし、悔しい結果に終わったこともあります。
いま振り返って強く思うのは、勝った日よりも、負けた日の方が、私を大きく育ててくれたということです。負けた当日から、何が足りなかったのかを自分で考え、練習の中身を組み立て直す。その経験は、その後の人生のあらゆる場面で、私を支えてくれています。
数字を見ると、そろばんの珠が浮かびます。
いまも私は、数字を見ると、頭の中にそろばんの珠の配置が浮かびます。「74」を見れば、上の五珠と下の二つの珠、そして次の桁の四珠が、静かに立ち上がる感覚があります。
これは特別なことではなく、そろばんを続けた子どもたちは、多かれ少なかれ、同じ感覚を身につけていきます。数字が「わからないもの」から「見えるもの」に変わる瞬間を、私は誰よりも知っています。だからこそ、それをより多くの子どもたちに届けたいと思うのです。
教室の外へ、そろばん教育を届けるために。
そろばん教育を、より多くの家庭に届けたい。そう考えたとき、私は「教室」という場所の制限に向き合わざるを得ませんでした。
地方に住んでいる子ども、家庭の事情で通えない子ども、海外にいる日本人家庭、日本語を学ぶ海外の子ども。そろばんに出会う機会は、住んでいる場所や環境に大きく左右されます。
その壁をなくしたい。そう考えて、私はオンライン教育という選択肢に踏み出しました。教室の良さを消すのではなく、その良さをオンラインで再設計する。それが、そろばんあっぷっぷの始まりでした。
AI時代に、育てたい力があります。
いま、AIが多くの答えを出してくれる時代になりつつあります。計算の速さや正確さだけを競う時代は、静かに終わろうとしているのかもしれません。
それでも――いや、だからこそ、私は子どもたちに「考える力」「判断する力」「挑戦する力」を届けたい。AIが答えを出すからこそ、その答えを読み解き、疑い、選び取る力が、これからの社会では大切になる。
そして、その力の土台は、幼いころに数字とどう出会ったかに、静かに宿ります。
私たちは、
計算が速い子を育てたいわけではありません。
数字を楽しみ、自分で考え、失敗してもまた挑戦し、自分の未来を自分で選べる子どもを育てたい。それが、私が事業に込めた願いです。
そろばんあっぷっぷは、これからも静かに、丁寧に、一人ひとりの「わかった」を積み重ねていきます。どうぞ、私たちの歩みを見守ってください。そして、共感してくださる方がいれば、いつかご一緒しましょう。